どうもみやです。本日もお越しくださり、ありがとうございます!
大河ドラマ太平記第41回「帝崩御」の感想です。
尊氏(真田広之さん)と争っていた後醍醐帝(片岡孝夫さん)が息を引き取ります。
その崩御を受けて尊氏は、幕府をあげて後醍醐帝の喪に服すことを決めます。
しかし、敵方である後醍醐帝の喪に服すことに納得のいかない弟・直義(高嶋政伸さん)の一派。
後醍醐帝の崩御をきっかけに、足利家内部の対立はより深まっていくことになります…。
大河ドラマ太平記 第41回「帝崩御」の感想
後醍醐帝の死
ついにこのお方が退場しました…。
個人的には、尊氏と太平記というドラマの双璧になっていた人物だと思います。
圧倒的な雅感とそれだけではないタフさ、冷徹さも併せ持った人物だったと思います。
キャラとしては、とても魅力的な人物です。
太平記は、尊氏が後醍醐帝の美しさに圧倒され、心奪われたところから物語が動いていったように思います。
食い違う尊氏と直義
後醍醐天皇が崩御したため、一気に敵方の息の根を止めるチャンスと考える直義。
後醍醐帝を失い、「戦をやめる命を下せる人がいなくなった」と絶望する尊氏。
兄弟間の考え方の違いが際立っています。
尊氏が、北朝の光厳上皇に南朝の後醍醐帝の魅力を語り尽くすシーンは、光厳上皇が気を悪くするのではないかと、見ている側もヒヤヒヤ。
隣にいた直義が「余計なこと言うなよ」みたいな感じで、尊氏をガン見してたけど、直義の気持ちわかります。
なぜか、光厳上皇は気を悪くするどころか、感動しちゃってましたね。笑
佐々木道誉の重大事件
佐々木道誉一行は、妙法院という寺院の木の枝を勝手に折り、僧侶たちとトラブルに発展。
その腹いせに佐々木道誉は、寺に火を放ち燃やしていしまいます…。
史実でもこの事件はあったようで、なかなかの衝撃事件です。
当時の価値観として、「やられたらやり返す。倍返しだ!」みたいなところはあったように思います。
でも、やりすぎですねー。
この寺院が親王が天台座主をしている寺だったので、大騒ぎに。
直義は、「佐々木道誉の首をはねるべき」と強行に尊氏に迫ります。
尊氏は道誉に直接事情を聞きに行きます。
そこで、佐々木道誉は尊氏に
「自分の中の虫が勝手にやった」
とあまり悪びれる様子はありません。
さらに尊氏に
「なぜ、弟に幕府を任せた?」
「政を任せた?」
と想いをぶつけます。
でも、道誉の言う通りかなと思います。
尊氏が、「疲れた」「世捨て人になりたい」みたいなことを言い始めてから、直義に政を任せるようになってから、足利家の対立が進んでいるんですよね。
尊氏と直義の考え方は真逆になので、以前のように尊氏1人に権限を集中していたほうが、うまくいったように思います。
佐々木道誉は、尊氏にお茶目に命乞いをし、結局は死罪を免れ流罪となり、都を落ちていきます。
さいごに
南朝との争いも終結していないので、足利家は内部分裂を深めていきます。
最終回まで後数回ですが、回収できるのかが心配。笑
本日はここまで。最後までお読みいただき、ありがとうございました!
コメント