織田信長と父の織田信秀は不仲なの?焼香を投げつけた真相とは?

どうもみやです。本日もお越しくださり、ありがとうございます。

あなたは、織田信秀という武将をご存じですか? 

あの織田信長のお父さんです。

個人的には息子の信長が超有名人過ぎて、お父さんの印象があまりないというのが正直なところです(汗)

これまでの大河ドラマなどを思い返しても、信秀は信長がまだ十代の頃に亡くなってしまうので、そんなに登場回数もないような気がしています。

今年の大河ドラマ麒麟がくるでは、英傑たちの父の世代から描いていくということで、織田信秀にもスポットが当てられるようです。

信長が信秀が亡くなったときのお葬式で、焼香を投げつけたなんていうエピソードがあります。父親のお葬式でそんな行動を取ってしまうとは、生前は信長と信秀は不仲だったんでしょか?

本日はそこに迫ってみたいと思います。

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織田信長と父の織田信秀は不仲だったの?焼香を投げつけた真相とは?

織田信秀はどんな武将だったの?

意外なのですが、信秀や信長の家系は、尾張の国の守護代(今で言う県警のトップみたいなポジションかな)の本家筋ではなく、分家でした。

信秀は、経済の重要性を理解していたようです。経済的な要所となり得る門前町(寺などの近く)に目をつけ、そこを支配することにより経済的な利益を得ていました。

朝廷に献金をしたりして、当時の将軍・足利義輝にも拝謁しました。中央政権に自分をアピールすることもしっかり行っていたんですね。

こうして、経済力と知名度を手に入れたわけです。あくまで分家にすぎなかった信秀でしたが、いつしか本家を上回る力を身につけました。

父の信秀の作った基盤があったからこそ、後に信長が天下取りに乗り出すことができたと言われるのも納得ですね。

焼香投げつけのエピソード

父・信秀の葬式の時に、信長は袴もはかず、髪型はいつもの茶筅髷、刀はわら縄で巻き付けた格好だったそうです。その格好でお焼香に立ち、焼香を掴むと仏前へ投げつけて帰ったというエピソードがあります。

今でいうと喪服も着ないで派手な格好で葬式に現れたという感じです。とんでもないエピソードですよね。

このエピソードはインパクト大ですので、若き日の信長を描いたドラマでは必ずと言っていいほど登場します! 衝撃ですからね(笑)

わたしは、あまりにも衝撃エピソードだったので、後世の作り話だと思っていました。しかし、信用性が高いと言われている『信長公記』にも記されているので、どうやら実話のようです(汗)

信長の行動の裏にある真意とは?

「父の仏前に焼香を投げつけた」というエピソードだけを切り取ると、父親のことを嫌いだったのかなという印象を受けます。

しかし、わたしは、その逆の気持ちだったのではないかと思っています。

織田信秀の功績を見ると、なかなか有能な武将であったことが伺えます。信長にとっては、目標というか憧れの父親だったのではないかと思います。

信秀は、「大うつけ」だった信長を廃嫡することもなく、終始、跡継ぎとしていました。信秀は信長の素質を見抜き、信長は周囲には「大うつけ」と呼ばれていた自分だけど、父は認めてくれていたという思いがあったのではないでしょうか。

そんな父親が亡くなってしまい、喪失感もあったと思いますし、信秀がいなくなるということは、信長が当主となることも意味しています。いろいろな思いが駆け巡り、上手く気持ちを整理することができなかったのではないかと思います。

思っていたよりも早く父親が亡くなってしまったことに対し、悲しみを通り越して、怒りに近いような感情もこみ上げて、焼香を投げつける行動に至ったのではないかなと思いました。

まとめ

有能な父親から受け継いだ基盤のおかげもあり、後の「織田信長」として大きく飛躍していくしていくことに繋がったのではないかと思いました。

不仲ではなく、良好な父子関係だったのではないかなと思いました。

父・信秀に対する愛情の裏返しが、焼香を投げつけるという行動に繋がったのではないかと思いました。

本日はここまで。最後までお読みくださり、ありがとうございました!

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