徳川家康が天下統一をなしとげられた理由は?その人物像を考察

どうもみやです。本日もお越しくださり、ありがとうございます。

わたしは歴史が好きなのですが、その中でも特に戦国時代、さらに詳しく言うと「三英傑」紡いでいく歴史の流れが好きです。

三英傑とは、みなさんご存じ「織田信長」「豊臣秀吉」「徳川家康」ですね。

わたしが個人的に好きな順番で並び替えると

徳川家康 > 豊臣秀吉 >> 織田信長

という感じです。

子どもの頃は秀吉が好きで、大人になってからは家康という感じです。

2000年に放送された大河ドラマ「葵 徳川三代」の影響もかなり大きいですが(笑)

2020年大河ドラマ「麒麟がくる」でも家康は重要なポジションになってくると思います。

ちなみに、自分はどの武将に当てはまるのかという戦国武将占いというのを以前やってみたんですが(生年月日で占うやり方)、わたしは徳川家康という結果となりましたので、うれしかったです(笑)

やはり家康の凄いところは、戦国の最終覇者というところかと思うんですが、なぜ最終覇者になれたのが家康だったのか考えてみました。

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徳川家康が天下統一をなしとげられた理由、人物像

子どもの頃から苦労人

松平家の跡取りなんですが、順風満帆な子ども時代ではなかったようです。

まず、祖父と父を家臣に暗殺されています。この時点で人間不信になりそうですよね。

たびたび影武者説が出てくるなど、家康本人はかなり周辺に注意を払っていたのではないかと推測してます。

子ども時代は、織田家と今川家の人質となっています。しかも、今川家に送られるはずが、家臣の裏切りで、織田家にお金で売られたようです(涙)踏んだり蹴ったりな子ども時代(涙)

こういった子ども時代の経験というのは、家康の人格形成に大きな影響を与えたと思います。

苦労を重ねた分思慮深くなれるのかなと思います。

わたしが家康が好きなのは、やはり苦労人だから応援したくなるというところもあります。

無理をしない

わたしの中で、無理をしないイメージがあります。

あの魔王信長と長期間、同盟関係を保っていたことはすごいなと思います(笑)

無理に信長から離れることはせず、イメージ的には家康がひたすら我慢して付いていった感じがあります。実際はどうだったのかはわからない部分もありますが。

信長から妻子を殺すよう言われたのも有名な話ですが、苦渋の決断ですよね(涙)無理しないって書いたんですが、めちゃくちゃ無理してましたね(笑)でも、この話も実は、信長の命令ではなくて、実は徳川のお家騒動だったみたいな話もあるようなので、わたしのなかではまだはっきりしない部分です(汗)

秀吉との直接対決となった小牧長久手の戦い。無理しないな~という印象でした。無理すれば負けることがわかっていたんだと思います。結局、秀吉の甥・秀次が勝手に動いちゃって、秀吉軍の一部が家康にやられるという感じでしたね。戦での勝敗はついていないんですが、個人的には家康の判定勝ちという感じでしょうか。

秀吉が結局手を出せなかったこの戦で諸大名に「家康、強いな~」というイメージを植え付けることに成功したように思います。

その後に、秀吉が家康に自分の母親を人質に出したり、自分の妹を嫁として送りこんだり、ある意味なりふり構わない(笑)工作が続くわけです。

そこでも秀吉との対立は選ばず、最終的には無理せず従属を選びます。

動くときは動く

今度は逆に、動くべき時には行動しているという印象があります。

秀吉の死後、許可を得ず各大名家との縁組みを始めてしまいます(汗)

これまで無理をしなかった家康が、動き出した感じですね。

もし、家康が豊臣家への忠誠を尽くし超協力的だったら、三成との対立もなく関ヶ原の合戦もなかったのかもしれません。

人望がある

家臣たちに意見をよく聞き、その中で良さそうな意見を取り入れていただろうイメージがあります。家臣もやる気が出そうですし、結束も強まりそうです。

徳川家臣団の結束は固かったようですので、それは家康の家臣への接し方や人柄もあったのではないかと個人的には考えます。

関ヶ原の合戦時は、多くの豊臣側の武将たちが家康につきました。家康が大きな力を持っていただけでなく、それなりに人望もなければこういう結果にはならなかったのではないかと思いますね。

我慢強いイメージの強い家康ですが、意外に短気だったようです。イライラすると爪を噛んだり、乗っている馬の鞍を殴りつけたりなんかしていたようです(汗)意外な感じですが。

葵徳川三代では、爪を噛むのはお馴染みのシーンでした。

徳川家の基盤を盤石にした

家康はたくさん子どもに恵まれました。男子は大名として取り立て、一族にとっては頼りになる存在になりますし、女子は有力大名に嫁がせ諸大名と姻戚関係を結ぶことができました。

御三家なんかも作って、信頼できる血族で要所を固められたのは、徳川家の安定にとってはかなり大きかったと思います。

側室選びにこだわりがあったようで、自身が若い頃は出産経験のある女性、自身が年をとってからは、若い女性という感じだったようです。確実に子を作るための策だったのでしょうか。偶然だったらす凄すぎるなと…。

そういった条件を満たした中で、自分のタイプの女性を選んでたんでしょうかね(笑)

血族だったり、昔からの信頼できる家臣は、近くや要所に置き、あまり信用できない大名は遠方に追いやりました。簡単には謀反は起こせなくなりますね。

徳川家安定のための組織作りをしっかりと行うことができたと思います。

健康オタク

家康は健康オタクだったようです。薬の調合とかもしていたようですし、大河ドラマでもそういったシーンはたくさん出てきてました。

この健康でいることってすごく大事だなと個人的には思います。

いくら有能でも病気になったりして思うように動かれなければ、できることもできなくなってしまいますからね。

家康も健康に年を重ねることができたからこそ、大坂の陣でも采配を振るうことが可能だったと思います。

健康の大切さを家康から学んだと言ってもいいかもしれません。

実はわたし自身もオタクとまではいかないんですが、健康に関して少しこだわっていることもあるので、家康に勝手に親近感を覚えています(笑) 

食品の原材料とかかなりチェックしてますからね(笑)良質な油をとりましょうとか、そういう話も大好きです(笑)と言っても強炭酸コーラが好きですし、かなりゆるいんですけどね(笑)

最後に

いかがでしたでしょうか?

わたしなりに家康が天下統一をなしとげられた理由や人物像を考えてみました。

現状でできることをして、状況をしっかり見極めて動くべき時には動くことができたそんな人だったんじゃないかなと思います。

信長や秀吉と比べると良い意味で人柄が普通の人っぽい気がします(笑)

この3人の中の誰かの家臣になるとしたら、家康だなと思いました!

本日はここまで。さいごまでお読みいただきありがとうございました!

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