上越市出身者が語ります!上杉謙信公が地元に影響を与えたものとは?

どうもみやです。本日もお越しくださりありがとうございます!

突然ですが、わたしは新潟県上越市で育ちました。父が転勤族だったので、小学校に入るまでは新潟県内を転々としていました。小学校入学~高校卒業までを新潟県上越市で過ごしました。その後は現在まで新潟県の県庁所在地に住んでおります。両親は今も上越市に住んでいます。住んでいたところは、上杉謙信公の居城があった春日山から徒歩圏内のところです。まさに、お膝元という場所です。

今、思えば子どもの頃から上杉謙信公という武将は身近な存在でした。逆に言うと身近すぎて好きな武将を聞かれても謙信公の名前が出てこないんですね。言うまでもないというか、あえてわたしごときが、ランキングすべきでないと思っています(汗)

謙信公のお膝元ということで、実は地元民しか知らない謙信公にちなんだ風習とかがあるんじゃないかなあと思い、記憶を掘り起こしてみました。そのため、今回はマニアックなお話です(笑)

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上杉謙信公が地元上越に影響を与えたものとは?

春日山節

上越地方に伝わる民謡?なのかな。この記事を書くまで「春日山甚句」っていう名前だとずっと思ってたんですが、違ったようです(汗)

4番まであって、1番、2番は歌詞に思いっきり「謙信公」と出てきます。謙信公の歌のようです。

ちなみに1番は、

戦するなら、謙信公のような そりゃ 謙信公のような

敵も情けに泣くような そうだ そうだ そうだ その意気だ その心意気

という歌詞でしたね。

なぜ、覚えているかというと、上越市民歌同様、夏祭りの時にガンガン流れます。

あと、学校でも体育祭の時に、この歌に合わせて踊りというか体操をする学校が多いと思います。わたしも中学か高校の時に踊った記憶あります。振り付けは忘れてしまいましたが(汗)

上越市民はみんな知っている歌ですね。

お菓子

川渡もち

こちらは11月30日~12月1日かけて上越地方で食べられるあんころ餅みたいな和菓子です。おもちをあんこで包んでいます。こしあんと粒あんの2種類あります。

時期になると地元のスーパーにも特設コーナーができていました。期間限定でこの2日間しか売られないんです。

うちは毎年食べていました。他の市では売っていないことが衝撃でした。食べているのは、新潟県内でも上越方面だけのようです。

由来としては、川中島の合戦を前に、謙信公が士気を鼓舞するため家来たちにもちを振る舞ったというところからきているようです。

「厄除け」の意味合いがある縁起物だそうで、この期間に食べないと意味がないと散々母に言われました(汗)

出陣餅

上越を代表する銘菓です。菓子折などで持って行ったりしているようです。上越市が認証する「メイド・イン上越」に認められた逸品のようです。

お餅にきなこと黒蜜をかけて食べる和菓子です。包みが白と紫の包み紙で縛ってあって上品な印象です。

わたしも実際に食べたことありますが、きなこでむせたり、きなこが飛んだり?するので、黒蜜多めにかけてお皿に乗せて食べることをオススメします。きなことおもち自体はそんなに甘くないので、黒蜜多めでも問題ないかと思います。お皿に入れないで食べようとしたら、かなり苦労しました。味はもちろん美味しいです!

こちらも謙信公が戦の前に餅をふるまったところから、きているようです。

情けの塩最中

新潟地方ではかなざわ総本舗のCMでよく耳にする情けの塩最中です。

謙信公が敵である武田信玄に「塩」送ったエピソードから作られたお菓子だそうです。

最中の中にあんことお餅が入っています。わたしは、こちらはまだ食べたことがないです。

謙信公祭

毎年8月の下旬の週末に行われる祭りです。大正時代から続いています。

以前は、地元のお祭りだったんですが、大河ドラマ「風林火山」で上杉謙信公を演じたGACKTさんが参加するようになってからは、雰囲気が変わりましたね。

わたしは見に行けてないんですが、父の話ではものすごい人だかりだったそうで、あちこちから「御屋形様~」という叫び声が凄かったんだとか。

GACKTさんが来てた頃は、わたしが東京に行ったときなんかは、東京駅に謙信公祭のポスターが貼ってあったりしたのを見て驚いたものです。全国規模になったなあと思いました。

地元民の過ごし方

最近はあまり行かなくなってしまったんですが、子どもの頃はよく春日山に行っていました。

よく上のほうまで登っていましたね。父親の解説付きで護摩堂とかいろいろ教えてもらったんですが、残念ながら覚えていない(笑) 自然豊かなんでウサギやヘビも見かけました。

夏はよく涼みに行ったものです。林泉寺のそばで茶屋みたいなのがあって、かき氷とかところてんを食べるが楽しみでしたね。ちなみに、今はその茶屋はなくなったようです。

ふもとの駐車場から春日山神社に行くには結構な長さの階段があるんです。何段あるんだろう。よく数えて登ってたんですが。まあ、キツいです(汗)

上まで登ると謙信公の銅像があります。そして、眺めがよいです。いつも謙信公の銅像を見に行くのが楽しみでした。

今年の夏に久々に春日山神社まで行ってきました。仕事で悩んでいたわたしは謙信公のパワーにあやかろうと春日山神社に行きました。そして、売店で謙信公パワーストーンなるものを購入しました。仕事運や金運に良いというタイガーアイです。1,000円くらいだったんですけど、謙信公のパワーを少し分けていただき、良い方向に道が開けた感じでした。まあ、気持ちの問題なんでしょうけどね(笑)

義の心

謙信公と言えば、義の心を持った武将というイメージが強いのではないでしょうか。

さきほどの情けの塩最中でも触れましたが、敵である武田信玄が塩がなくて困っていたところに塩を送ったというエピソードが有名かと思います。

小学生の頃から、学校の先生からこのエピソードを聞かされますね。謙信公ってなんてすごい人なんだろうとずーっと思っていました。これも史実でないとかあるんですが、今更違うと言われても困るので(笑)、このエピソードに関しては信じ続けようと思っています。

地元民はみんな、信じています、きっと

さいごに

いかがでしたでしょうか?一部マニアックな話になり、ついてこれるのは謙信公ファンと上越市民だけのような気がしてます(笑)

謙信公は戦にも強く、義の心を持った武将という印象で、全国的にも人気があります。そんな武将が郷土の英雄ということで謙信公のお膝元で育ち、新潟県民であるわたしとしては、純粋にうれしいなと思っています。

本日は、ここまで。最後までお読みくださりありがとうございます!

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